げっそり。
そんな単語が身体から滲み出てる程に、椅子に腰を下ろした俺とバルは疲弊しきっていた。
周囲は見慣れた自分の家でも隊舎でもない。
まだほとんど人の匂いが染み付いていない、真新しい隊舎。
いつもはちょっと年季の入ってきた隊舎だったので、普通ならこの異動は喜べることなのだろう。
……だと言うのに素直には喜べない事情があった。
――遺失物管理部・機動六課。
八神が構想し、設立したロストロギア専門の本局所属の陸士部隊。
このことは前に聞いていたし、ちょろっとアドバイスもどきもしたので知ってはいた。
やったら過剰戦力なのに変わりは無かったしリミッターも掛かっていたが、まあそれはいい。
八神が決めた事だしそれにどーこー言うのはおせっかいってもんだ。
なんかあったとしても、大変なのも責任を取るのも八神だし。
俺も誘われたが即答した。嫌って。
ただでさえ階級上がったせいで仕事増えてるのにこれ以上仕事を増やすのはゴメンだ。
べ、別に高町事件の所為でからかわれまくったからとか言う私情はこれっぽっちも関係ないんだからねっ! 多分。
コホン。
ちょっと脱線した。
しかし、まあ世の中ってのはままならない。唐突だけど。
急にフラグがたったり折れたり。よりにもよって狙って立てたフラグに限って折れることもある。
そういうのがあるとさ。ほら、なんつーの? 世の中の無常観? みたいなものを感じたり感じなかったりしなかったりするわけで。
……つまり、しばらくしてそういう風に思っていた時期が私にもありました的な事がおきたわけです。
「ふ、ふふふ。あの髭剃ってやろうかしら」
<うひひひ……幻術かけましょーよ幻術。女装ver>
昏い笑みを浮かべる俺と、それ以上に邪悪な声を出すバル。
そう。この疲弊の原因はあらゆる意味で俺の因縁の関係にあるレジアス中将だ。
八神の部隊設立は多少の困難はありつつもそこそこ順調だったらしい。
というのも上層部(本局のだけど)のお偉方となぜかコネクションがあり、それが功を奏していた。
あとはフェイトや高町、八神本人のネームバリューとか。
ま、そこらへんはどうでもいい。
大事なのはそこに待ったをかけたのがあの髭だっつーことだ!
ついつい忘れがちだがレジアス中将は“中将”なのだ。ただの変態ホモではない。
政治手腕も優秀で、各界への影響力も強い。
まあ強硬姿勢で強引なとこもあるけれど結果は出している。
同時に黒い噂も耐えないが、元の世界の政治とかを知っているので俺は別にどーとは思わない。
清廉潔白なだけの政治とか無理だし。行き過ぎればもちろん駄目だけれど。
中将のしている地上の戦力強化も当然だと思う。
はっきりいって本局が関わるような次元規模の犯罪とかなんざ早々無い。
なのに優秀な局員は掻っ攫っていくは、地上になかなか貸してくれないわ。
っていうかそんなに次元航行艦いらねーだろうが! あれって維持するだけで金かかるってしってんのっ!?
地上の予算にケチつける前にまずはその金食い虫をどうにかしろ!
……と、いつぞや飲み屋でオーリスさんが愚痴っておりました。
つまり何が言いたいかというと。
中将の権限はこと地上においては絶大といっても差し支えない。
なので八神の部隊の設置が地上管轄である以上、中将が否といえば容易には設置できないわけだ。
八神側は試験運用部隊だから~などと言ったらしいが既にロストロギア専門の部署が5つもある以上いらんと一蹴。
その後もあーだこーだとあったらしいが所詮まだ19かそこらの八神が老獪レベルのレジアス中将に論争で敵うはずもない。
どうせならそのまま案を潰してくれればよかったのにと思うが、そういうわけにもいかなかった。
理由は八神のバックホーン。
地上においてレジアス中将の権限が無視できないのと同じように、レジアス中将も本局の提督や教会の権力は無視できない。
そんなわけで出たのが折衷案。
それが、俺を八神と同じ位置(つまり総部隊長、実際には副がつくけど)として入れることだった。
……正直聞いたときは「はああああああああ!?」と叫んだ。素で。
無論これは中将が俺を気に入ってるとか言う理由は関係ない……はず。
要は中将の息の掛かった人物をいれて常時査察官が入ってるよ状態にしたいってことだろう。
俺を選んだのも魔導師ランクがAで尚且つ実績があり、六課の構成メンバーとかかわりがるからだろう。きっと。そうだと信じたい。
そして俺にこれを断わる権利なんぞあるわけも無い。
あたりまえだ。俺の場合は八神からの“お願い”じゃなくてれっきとした上司からの“辞令”なんだから。
そして八神も設立したいのならこの条件をのむしかない。
が、誘っていた人物が入ってくれるというのに八神が反対するはずも無く。
さすがに八神と同じ位置というのには言外に「査察役だ」と中将が言っていると気づいたらしいが、一瞬表情を曇らせただけだった。
まあ、そんなわけで泣く泣く異動となったわけだが……それからが大変だった。
仮にも三佐の階級がある以上、ちょっとではあるが部隊を管轄していた。
その後任探しやら引き継ぎやら異動の手続きやらで奔走しまくる毎日。
なかでも一番大変だったのが後任まかせにできない仕事の山。
俺はもう異動なんぞこれっぽっちも考えていなかったので、まだ期限があった仕事はそのままだったからさあ大変。
さっきまでの仕事に追加でそれの処理も加わった。
手持ちのでは到底終わりそうもなかったのでバルを繋いで処理速度を無理やりあげてやった。
マルチタスクはフル稼働でバルの処理能力もフル稼働。
そうしてようやく何もかも終わったのが昨日というか今日の朝だったというわけだ。
仕事残しすぎたと言わざるを得ないorz
<ますたー、なんか今日は全員で朝礼っぽいのやるみたいなこといってませんでしたっけー>
「パス。眠い、すごく眠い、超眠い。俺を寝かせれ」
<おーばーほーるぅー>
「あー、あとでなーあとでー……」
正直、機動六課のメンツは知らん。
高町とフェイト、八神、守護騎士zがいるってのは聞いてたけど。
あれだ、六課関係は八神に丸投げした。
……ええい! 部隊の引継ぎ関係はめんどーなんだよ! だからそれどころじゃなかったんだよ!
まあ、八神にしても俺に横からチャチャいれられるよかいいだろ。と好意的に解釈してみる。
てか、あの髭が俺に何期待してるのかはしらけども、やることしかやらんよ俺は。
俺からすれば一年我慢すればいいじゃんって話なわけで。消極的に頑張る。
とりあえず言いたいのは、ただの試験部隊に新築隊舎を与える八神のバックホーンの資金の豊富さに俺は驚愕した。
そんな風にうつらうつらしながら椅子にだらーんともたれかかってると、急に辺りに音が増え始めたのに気づいた。
八神の挨拶というか面通しがおわって仕事開始したんだろう。
寝ぼけ眼で目をやれば始業の時間だし。
とはいえ
「だめだ。眠すぎる…………いいよね、もうゴールして(寝て)もいいよね」
<えいえんは あるよ。ここに あるよ>
「ゴール…………っ」
『するなですーーーーっ!』
ぼすん。
そんな音が俺の眠りを妨げた。
胡乱気に音のした辺り、俺の後頭部らへんを手で探るとソレはすぐに見つかった。
むんずと掴んで目を遣る。
「…………なんだ虫か」
『リインは虫じゃないですっ! というか、今日は六課の始動の』
「……うっさい響く」
『大事なhむきゅう!?』
掴む力をちょっとだけ強めて、この小うるさいのをソファー目掛けて片手で投げた。
最後の変な悲鳴からして言い感じにぶつかったのだろう。
「ナーイス俺」
<ナーイスますたー>
『全然ナイスじゃないですよっ。いつにも増してひどくないですかっ!?』
あーうるせー。
頭の片隅でそんなことを考えながらいつの間に戻ってきたのか、目の前で手を腰に当ててぷりぷり怒ってるちっこいの見る。
リインフォースツヴァイ。
八神の現代魔法技術で再現した唯一のユニゾンデバイス。
……なのだが。
知識蓄積が0からのスタートだったからなのか妙に子供っぽい。いや見掛けは子供だが。
初めて会って以来、なんだか毎度毎度こんなやりとりをしてる気がする。
おっかしいなあ……記憶がもう曖昧だからなんともいえないけど先代のリインフォースはもっと大人っぽいお姉さんキャラだったような?
『ってきいてるですか!?』
「無い」
『即答です!?』
<まー、ますたーもお疲れなんで。そのうち復活しますよ。お昼ぐらいになれば>
『遅すぎるですよバルs』
<……さん付けすんなっつっただろうが! あ゛? テメェの本体に猥語印刷すんぞ!>
『ひい! それだけは、それだけはやめてくださいですーーーー!!!』
<先輩と呼びな。…………次さん付けなんぞしたらマジで印刷すっからな>
『はひっ! ……うう、どうしてこんなことになるですかぁ……』
「よしよし」
『こ、こんな時に優しくされたらリインは……リインは……っ』
「――なにしとんの?」
眠気覚ましの一環にとリインを巻き込んだ漫才してたら不意にここにいないはずの人の声が聞こえてきた。
いや、まあこんな関西弁は八神しかいないが。
<愛憎寸劇【愛の罪・憎の罰】ですよ>
「先輩に苛められてる幼馴染を慰めるいつも喧嘩ばかりの少年にいつの間にか(中略)て最後には地球が滅亡するお話」
「その中略の部分に何が起こるんっ!? 愛憎劇ちゃうんかっ」
<普通の学園ものだと買ってみたら、途中からなぜかSFになってたというよくあるミスリードですよ>
「それミスリードちゃうからっ」
『……はっ。り、リインは何を』
「にやり」
<ニヤソ>
『まさか、またリインはのせられたんですかっ!?』
「計画通り」
<計画通り>
『うわああああああん! はやてちゃああああああん!!!』
「あー……よしよし。リインはわるないでー」
毎度毎度こんな具合で苦手意識もあるだろうに、懲りずに来るんだからなあ。愛いヤツめ。
ま、おかげでいい感じに目が覚めてきた。
「そいで八神、なんか用か?」
「ってそうやった! なんでこんかったん!?」
「朝まで仕事してて眠すぎたんだよ。……寝ぼけ眼で大勢の前にでるわけにもいかんだろ?」
「も、もっともらしいことを……まあ、ええわ。他のスタッフはシュウさんのこと知ってる人もいたし……何人か顔青ざめてたりしたけど」
<それは例の事件の時にマスターの広域魔法に巻き込まれた人ですねー多分>
「? なにやらかしたん?」
「キニスルナ。で? それだけか?」
「おっと、そうや。他のスタッフはともかく新人だけでも挨拶をと思ってつれてきたんよ……フェイトちゃんとなのはちゃんが」
「げ」
<お♪>
八神の口元がにやあと弧を描く。つかバル、嬉しそうな声だすんじゃねえ。
俺は高町の名前が出た瞬間に立ち上がって半歩身を引いていた。
それもそうだろう。あの事件の所為で俺の高町恐怖症はさらにレベルアップしたのだから。
半ば条件反射のように頭の中で此処から逃げ出す算段を立てようとするが、それよりもドアがスライドする方が速かった。
ドアの向こうに見知った二つの人影が。
「もう。シュウ、ちゃんと出ないとだめだよ。シュウもここの責任者なんだから」
めっ。
とでもしそうな勢いで入ってきたのは長い金髪を先端でまとめたフェイト・T・ハラオウン。
そしてもう一人は、どこか恥ずかし気に視線をきょろきょろと彷徨わせてから恐る恐るこっちに視線を合わせた――
「し、シュウ君。お、おはよ…………――って! どうして目を逸らすのっ!? 距離とらないでっ!?」
「無理」
ええ。もちろん視線が合う前に逸らしましたともよ。
てめえの所為で俺のトラウマ度は増し増しだよ高町なのはっ!
<ますたー、人それをやつあたりと言う>
ええいわかっとるわ!
でもなあ、トラウマ度は間違いなくあがってるんだよ! 悪化してるのっ!
とはいえ視線を逸らしっぱなしってのもなんとなく罪悪感を覚えるので、ちょうど高町の傍にいるフェイトに目を向けることにする。
距離は無理。これが俺の限界ラインだ。
「あ、あの。シュウ? そんなにじっと見つめられると恥ずかしいよ……っ」
「むぅ」
諦めてくれフェイト。今度なんかおごるから。
つーか高町、なんでかしらんがそんな憎しみの篭った目で俺をみないで!? セクハラにもならずに視線をできるだけはずさないにはこれしかないんだ!
「あーほら! 新人つれてきたんだろ新人!」
「逃げよったな」
<逃げましたねこの超弩級恒久ヘタレ>
やかましい! 魔王の視線が怖いんだよ!
八神もバルもこれみよがしにヤレヤレな雰囲気だすなっ。
俺は心の中で復讐を固く誓いつつも八神に声をかけられて部屋に入ってくる新人達に目を向けた。
入ってきたのは元気の良さそうな赤髪の少年、エリオ・モンディアル。
小竜?を連れたちょっとおどおどした桜色の髪の少女、キャロ・ル・ルシエ。
気の強そうなオレンジ色の髪を両サイドで結んだ少女、ティアナ・ランスター。
そして、最後に入ってきたのは青いショートでエリオ以上に元気というかパワーがみなぎってる感じの――って!
「スバルっ!?」
「シュウ兄!?」
な、なんでスバルがここにいるーーーーーーーーー!?
<ますたー、だからメンバー表くらい見ましょうとあれほど…………くふふ>
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