少し脇道にそれただけで光景は一変する。
電飾や蛍光で彩られた煌びやかさこそ無いが、ひっそりとした静寂と似合いの質素でいて清楚な彩りがあった。
その中の一軒に行き慣れた居酒屋がある。
とは言ってもあの騒がしい感じは無く、どちらかといえば静かに酒を飲むことを主眼に置いた雰囲気の店だ。
元々そんなに飲む方でもない。なにより一人で飲みに行くのにあの雰囲気はどことなく気後れする。
そういうわけで一人の時はちょっと値段は張るものの、よくこの店にお世話になっていた。
なんとなく足が向き、ふらりと立ち寄った俺はいつものようにカウンターの席で飲み始め
「シュウさんー、困りますよー」
「ううううう、うるひぇー……」
べろんべろんに酔いつぶれました。
「シュウさん何かあったんですか? すんごい荒い飲み方でしたけど」
<あー、店主。今回は大目に見てやってくださいな。いろいろあったんですイロイロ>
うるしゅぇー。そんな哀れんだ言い方で俺をみるなー。
…………くそう。俺が一体なにしたってんだちくしょうめ!
あの後は酷かった。
一瞬の空白の後に作業してた奴ら全員の絶叫がオープンで、現場中に轟いた。
まあすぐに我に返って救助と鎮火作業に戻っていたあたりは流石と言うべきか。
しっかしその絶叫で俺も何を口走ったのか理解し、血の気は引いていってそれどころではなかった。
回線越しの魔王様こと高町はこれでもかといわんばかりに赤面してるし、何故かフェイトも同じかそれ以上に真っ赤でパニック起こしてるし、ギンガはすっごい笑顔で問い詰めてくるし!
高町、なんでそんな顔赤くしてんのっ!? お前なら言われなれてんじゃないのかこの美少女め! だ、だから恥ずかしそうに俯くな! 一番恥ずかしいのは俺だっ。それと、その、対応に困るっ。
フェイトも! わかった、わかったからぐわんぐわん揺するな! 脳が! 脳が揺れてるっ。
ギンガ……っていだだだだだだだだ!? か、肩が、肩がもげるから! 笑顔で肩掴んでミシミシ言わせんのやめてええええええ!?
そんな感じの阿鼻叫喚が繰り広げられ、高町に(フェイトやギンガにまで)必死で弁明してなんとか理解は得たものの。
一息つく暇も無く現場にいた作業の終わった奴らに質問攻めにされ暴走した高町ファンにどさくさにまぎれてボコボコにされて……ッ。
「俺が一体なにしたんてんだーーーーー!」
「シュウさん、なんだかわかりませんけどお静かに!」
<自業自得ですよ……むふふ。おもしろくなってきた☆>
面白くねえよっ! もうやだこんなんばっかーーーーーーー!
View of 高町なのは
一日の業務を終え、なのはが部屋に戻った頃には既に時刻は翌日を指していた。
戦技教導隊に所属しているというのもあるが、彼女自身有能且つ期待に応えるようにする姿勢なのもその一因だ。
そういう存在は上司から見れば非常に使い勝手がいい。
加えてなのははまだ若い。実力主義というお題目こそあるものの、やはり年功序列な面も多々見受けられる。組織とはそういうものだ。
積み重ねてきた年月という経験を持つ者にとっては如何に実力があろうとも、彼女は御しやすい小娘でしかない。
もっとも本人にそこまで気が回っているかどうか定かではないけれども。
なのはは部屋に入るや否や、乱暴に上着を放るとそのまま簡素なベッドに疲れた身体を投げ出した。
軽い衝撃に安いスプリングがギシリと軋む。
身体を反転させ仰向けになり、何をするでもなくじっと天井を見つめる。
そうやって頭を空っぽにすることで仕事上の鬱積したストレスが少しずつ抜けていくような気がして、自然と笑みが浮かんだ。
『高町、愛してるーーーーーー!!!』
「ッッッ!!?」
心が緩んだからだろうか。
なんの前ぶれもなく先日のあの自分に向けられた声が頭のなかでリフレインした。
急激に顔に集まる熱に、自分がものすごく赤面しているのがわかって思わず手で覆ってしまった。
あの言葉が言葉のままの意味で無いことは直後にシュウから必死の弁明が行われたので、なのはも分かっている。
あくまでも感謝と親愛の情の表現だ、と。
でも、それにしたって。
「…………うう」
愛してる、なんて異性に、それも身内以外に言われたのは初めてだった。
加えてシュウはこれまでいろんな意味でなのはから距離をとって付き合っていた。原因は推してしるべし。
そんな異性から“親愛の情”と言われたのだ。それだけで彼女の胸に何か暖かいものが満ちた。
もっともその正体が一体どんな感情なのか、それはなのは自身にもまだ分からないものではあったが。
「――シュウ君の、ばか」
声には出さず口の中でだけでそう言うと、何かを誤魔化すかのようになのはは枕に顔を埋めた。
View of フェイト・T・ハラオウン
「ふう……」
机上に表示されていた全ウィンドウを一度閉じて息を吐くと、背もたれに体重の全てを預けた。
最近は友人の八神はやてが立ち上げようとしている部署への出向の手続きや、執務官としての仕事の引継ぎなどで目が回りそうな忙しさだった。
執務官の仕事は多岐にわたり、そして多忙だ。しかし他部署に出向、それも長期でするとなるとどうしても分散しなければならない。
その為の他の執務官との調整や、仕事の委託。自身の決裁が必要なものとの分類。
もちろん出向先でもできることはするつもりではあるものの、実際問題として半分できればいい方だろう。
そんなわけで最近は執務室に缶詰状態が続いているのだった。
目を閉じ、疲弊しきった頭を休める。
仕事の事を一先ず追いやった彼女の脳裏に浮かぶのは先日のこと。
突然のシュウの告白。
あまりに唐突の事で自分が本人よりもパニックを起こしてしまったことは、穴に入りたくなるくらい恥ずかしい記憶だった。
その後、自分と周囲との温度差に気づいたシュウが必死に弁明していたのでそれが誤解だと分かったが。
……もっとも、中にはどうかわからない人も居たような気もする。
フェイトは思う。
あのパニックの最中に感じた、無視しても差し支えないくらいの、僅かな痛みの意味を。
フェイトにとってシュウはクロノよりも兄のようで、それでいてどこか父親を感じさせる、しかし同年代の友人のように感じられる青年だった。
年齢と外見もフェイトからみても一致していない。
一度実年齢を聞いた時に思わず義母を想像してしまったのは仕方ないと思う。
友人と感じるのはおそらくその為だろう。
……でも。
だとしたらあの時感じた痛みはなんだったのだろう。
ほんの微かな痛み。気のせいの一言で片付けてしまってもいいはずだ。
それが、どうしてこんなに気になるのだろうか。
考えても分からない答え。
休めていたはずなのにもしかしたら仕事中よりも頭を駆使していたことに、苦笑を浮かべる。
「私にとってシュウは、何なのかな……」
ぽつりと漏らした言葉は、空気に溶けた。
View of ギンガ・ナカジマ
――兄さんのバカっ!
心の中で盛大にそう叫びながら、ギンガは用意された部屋のベッドへ飛び込んだ。
投げ出された幼いギンガの身体をやわらかく受け止めたベッドの感触にどうしてか苛立って、そのまま布団に頭まで包まってしまった。
真っ暗になった視界、音の遮断された世界。
自分だけを感じる世界でギンガは数時間前の事を思い出し、心が更にささくれだっていくのを感じた。
今いる兄の自宅に家主である当人は居ない。
スバルにもギンガにも怪我はなかったもののスバルは念のため病院に行っている。
本来ならギンガもという話だったのだがギンガ自身がそれを断ったのと、士官学校への入学も日が迫っていたため兄の自宅へと来ていた。
着くまでは兄と一緒だったが今回の事故の後始末や報告などの作業などが残っているためすぐに現場へと戻っているため、ここにはいない。
……道中、ずっとギンガは兄の腕を潰れよといわんばかりに握り締めていたりいなかったり。
――どうして、兄さんが。
思い起こすあの光景。
兄の口走った発言には驚きはしたものの直後の必死の弁明を見たから、本当にそうなんだと納得できた。
自分の兄はああいう場面で器用に立ち回れる人間でない。それは長い付き合いから言える確信だった。
だから、ギンガが苛立っているのはそこではない。
兄の言葉に反応したあの二人の事だ。
高町なのは
フェイト・T・ハラオウン
管理局でも屈指の有名人。
局入りを目指す人でおそらく知らない人はいないだろう。
そんな、ある意味では雲の上の人がどうして兄の言葉に反応したのか。
兄は言い方は悪いが見掛けも普通で、とりわけ容姿が優れているわけでもない。
能力も母のいっていたように際立って優れた才能があるわけでもない。
容姿も能力も、彼女達二人には遠く及ばないだろう。
それが、どうして。
加えて兄がギンガを助けた際のフェイトとの会話の気安さから、ギンガも知り合いなのだろうとは思った。
もしかしたらフェイトを通してなのはとも知り合ったのかもしれない。
けど、知り合い程度の人間にああ言われてあんな反応をするだろうか?
友人ぐらいに親しかったとしても、驚くのはともかく、あんなに顔を赤らめるだろうか?
そして……兄は彼女達と知り合いだったことをどうして自分には教えてくれなかったのだろうか。
最後の疑念がギンガの心を重く圧し掛かる。
同時に、この時ギンガは己の兄への感情を理解した。
――最初はただの憧れだと思っていた。
母の死に悲しんでいた時も
自分の身体に悩んでいた時も
大事な時には必ず兄は側にいてくれた。支えてくれた。一番望んでいた答えをくれた。
今回もそうだ。ギンガの命を兄は救ってくれた。
スバルを助けようと必死だったけれど、同時に兄に救いを求めていた。救ってくれると信じていた。
助けられた後にかけてくれた言葉も
大事そうに自分を見つめる視線も
優しく抱えてくれた兄の腕も
その全てが暖かくて、嬉しかった。
改めて考えてみると何のことは無い。自分が兄に抱いていた感情が憧れなんかじゃないってすぐに気がつきそうなものなのに。
気づかなかったのか、それとも気づきたくないと思う何かがあったのか。
けどそんなことはもうどうでもいい。
今、この瞬間に“それ”に気づいた時点で意味を失った疑問なのだから。
ああ、私は、とっくの昔に――――
「…………兄さんが、好き」
ずっと出し渋っていた言葉は、思いのほかあっさりと声にできた。
View of Another
レジアス「お、おのれぇえええええええ! 有能な局員ばかりでは飽き足らず! ワシからシュウタンまで奪うというのか! これだから本局のヤツラは……! 許さぬ、許さぬぞぉぉぉおおお!!!」
オーリス「中将 落ち着いてください(ああ、また胃が……! このデブマジうぜえ。煙草どこやったっけ)キリキリキリ」
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