熱が身体を焼き尽くす。
世界は見渡す限りが、瓦礫と炎。
「くそっ! どこのどいつの仕業だ……っ」
全速で空を駆けながらも、視線の先の禍々しい赤光に俺は悪態をつかずにはいられなかった。
<ますたー! もう少しです!>
聞こえてくるバルの声にもいつものからかう様な色は無い。
近づけば近づくほどの内なる声は声を張り上げる。
俺が待ち合わせに遅れていなければ、ギンガ達が来るのがもう一日ズレていたなら。
とめどなくあふれ出すIF。だがそんなものはなんの慰めにもなりはしない。
今は速く。一刻も速く。
それだけを思って俺は更に飛行速度をあげた。
現場について見ると、遠目から見えていたものが実感を伴ってそこに存在しているのがはっきりと分かる。
燃え盛る炎と瓦礫は絶望すら見せ付けてくる。
バリアジャケットを即座に耐熱仕様に変更。普段の俺なら出て行くのを躊躇ってしまうような光景だったが、俺は拳を強く握りこむだけで。
一分一秒でも無駄にしたくない。その思いが俺の背中を強く押し、いざ踏みだそうとしたその時だった。
突如として俺の眼前に情報ウィンドウが現れた。
『そこの人! こちらでは其方の飛行許可を確認できません。ただちにIDを…………ってシュウさん!?』
「……あ゛あ!?」
そこに映っていたのは陸士の制服に身を包んだはやての姿だった。
確かに飛行許可は事後承諾のつもりだったので仮にこの災害に対する応援部隊であればその表示のない俺は明らかに不審者だろう。
だからこの場合のはやての判断は正しい。
正しいのだが、俺はギンガとスバルの安全に気が急いてしまっていたため思わず苛立たしげな声が漏れてしまっていた。
それをどうとったのか。
「し、失礼しました! ソウマ三佐!」
「……で、現状は?」
「はい! まず……」
どうも公式の場だというのに普段の呼び方をしてしまったことを咎められていると感じたようだった。
俺としてはそんなつもりは無かったのでほんの少し罪悪感を覚えなくも無かったが、すぐに優先すべきことがあるのを思い起こし先を促すことにした。
聞くところによると部隊展開をしているものの人数が圧倒的に足りない為情報が不足しているということ。
高町とフェイトが休暇でこっちにきていたらしく現在こっちに向かってきていて合流するということ。
応援部隊が到着するにはまだ時間がかかるということ。
分かったことといえばこの位だった。
「それで指揮権なんですが……」
「お前に一任する」
「えっ!?」
はやてが言いかけたていたところをかぶせる様にして俺は言った。
というかこれは予測済みだった。
現在、現場で一番階級が高いのは俺だ。よほどの事がなければ基本的に一番階級の高い者が現場の指揮を執る。
はやても大隊指揮の試験は受かったものの研修中。
となれば普通は俺にその役が回ってくるのは当たり前といえば当たり前だった。
だがそれを頷くわけにはいかない。
指揮を執るとなればこの災害に巻き込まれた全員を助けるために意識を向けなければならない。
はっきりと言おう。
俺はギンガとスバルが助かるなら他が何人死のうが知ったことではない。
寝覚めが悪くなろうが、管理局員としてあるまじき意見であろうが、これが俺の中の真実なのだ。
「し、しかし」
「俺は指揮に向いてないからな。応援部隊が来るまではお前が指揮してくれ。必要なら俺の権限つかってもかまわないから」
「ええっ!?」
「不謹慎かもしれんが実践に勝る経験は無い。人命がかかってるのだから迅速にな。あと今から情報を送るから解析して要救助者の所在地の割り出し急げ」
「はい! って十分指揮できてるじゃないですか!?」
はやての文句を背に俺は上空へと身を投げ出す。
燃え上がる空港敷地上空の中心付近まで飛翔し、そこで一度停止。
滞空しながらデバイスに装填済みのカートリッジを2発分消耗して瞬間的に増大した魔力を掲げた手に集め、魔力球を形成。
――広域での探索にはWAS(ワイドエリアサーチ)を用いるのが常だがそれは広域における目標物を見つけるという点で、だ。
広域で、且つ大雑把に補足したり情報を集めるにはあまり向いていない。故に。
「バル!」
<りょーかい! WAS(ワイドエリアスキャン)!>
言うなり、手にした拳大の魔力球を地表めがけて投げつけた。
魔力球は投げつけた勢いのままにぐんぐん加速していきあっという間に地表に激突。
激突した瞬間に球内の魔力は水面に雫が落ちたときの波紋のごとく、薄く薄く引き延ばされながら1分掛からずに敷地内に広がり消えた。
WASの今回の設定は「生体反応」と「魔力反応」。
あの波紋が触れたすべての生体反応の大まかな地点がバルを通じて今頃はやての方に届いているだろう。
あとはそこから局員の現在地を示すマーカーを除外していけば残るのは要救助者だけだ。
この魔法、意外と便利なのだがどうもワイドエリアサーチの方が有名になってしまっていてあまり使われていない。
サーチの方に比べて大雑把な位置しか分からないが、にしても補助系メインの魔導師くらいしか習得していないとはもったいない話だ。
「で、こっちはどうだ?」
<おっけーです。……八番ゲートですね>
「よし、行こうか」
同時にこちらで行っていた解析も終了した。
やっていたのはギンガの現在地の特定。
救助者の位置を知るだけなら生体反応だけでよかったのに魔力反応まで調べた理由はここにある。
生体反応のデータにプラスしてギンガの魔力パターンのデータを重ねれば特定は容易い。
バルから送られてきた地点を頭に叩き込むとそこに一刻も早く向かおうとデバイスを稼動させるが……どうしても次の一歩が踏み出せない。
<……ますたー>
「……わかってる」
気に掛かっているのはスバルの事だ。
魔力パターンで追える事からもギンガは魔法をある程度使える。簡単な防御魔法くらいなら問題ない。
だがスバルは違う。
おそらくは潜在的には使えるのだろうが今までスバルは使ったことがない。
だから危険度で言えばスバルの方が圧倒的に危険だし優先して捜すべきだ。
けど正確な位置が特定できない。すべてをしらみつぶしに捜していくには時間が掛かりすぎてしまう。
であるならばギンガを優先して救助するのが正しい。それは分かっている。分かってはいるのだ。
でも、それでも、心配なのだ。
一度目を閉じ、深く息を吐く。
――今は信じるしかない。
そう強く思い再び目を開ける。
開いたままの情報ウィンドウに目を遣ると新たに強い二つの魔力反応、おそらくはやてが言っていたように高町とフェイトだろう。
あいつらが来てるならなんとかなるかもしれないな。
そんな根拠の無い言葉が脳裏を過ぎり、俺は自然と笑みを浮かべていた。
浮かんだ笑みは直ぐに消え表情を引き締める。
俺は俺のやるべきことをやる。そんな意思が魔力としてデバイスに流れ込み、機械の翼が力を増していく。
ギンガ、スバル。無事でいろよ…………!
一瞬後に翼から爆音がすると、俺は俺の出し得る最高速度で再び空を駆けた。
***
飛翔してから八番ゲートまでは大して時間は掛からなかった。
しかし、いざ中に入ろうとするとそこで問題が生じた。
「く……瓦礫邪魔!」
<完全に塞がれてますね……どうします?>
といわれてもどうしようもない。
攻撃魔法が使えれば強引にぶち抜くという手も使えるが俺ではあいにくと不可能な手段だった。
まともな攻撃魔法が使えれば。そう思わなくも無いが無いものねだりをしてもしょうがない。
それに伊達に何年も管理局で働かされてるわけではない。
攻撃魔法が駄目なら他の手段を使うだけだ!
「ぶち抜けないなら」
<どかすまで! チェーンバインド・アンカー!>
俺の周囲に4つの魔方陣が現れ、そこから4本の魔力の鎖が放たれる。
放たれた鎖は目の前の通行を阻害している大きな瓦礫に触れるとその先端がアンカーを刺すがごとく食い込む。
実際には食い込むというよりも吸着と言う方が正しいかもしれないが。
アンカー全てがしっかりと食い込んだのを確認。あとは魔力で伸ばした鎖を引き戻せばそれでおしまいだ。
俺の魔力に呼応するように魔方陣がひときわ強く輝くと鎖が引き戻されるにしたがって目の前の瓦礫もずるずると動いていき、やがて完全に障害物としても意味をなくした。
「よし!」
するとすぐさま身体を浮かせ低空飛行を維持しつつ、瓦礫で塞がれていた進入路へと身を躍らせた。
内部はところどころが崩壊し、炎上はしているもののさすがというべきか完全な崩壊は免れていた。
所々で瓦礫が道を阻んでいる箇所もあったが大した大きさではなかった為、強化した蹴りでなんとか破壊して先に進める。
とはいえあんまり無闇に壊してもあれなのでできるだけ避けていけるところは避けて進んでいく。
そんな風に進んでいくとやがて吹き抜けへと出た。
1Fまでの吹き抜け、だけどロビーのような様相ではない。作業用の裏口側かもしくはそれに似た何かだろう。
どちらにせよギンガの反応はこのあたりから出てる。俺は視線をそこらじゅうに走らせて――見つけた。
よたよたと覚束ない足取りで手すりに手をやりながら、まるで誰かを捜すように。
声こそ聞こえないがその声が誰を呼んでいるかは察しがつく。
今ここにいない、それでいて一緒に来ていた妹の名を呼んでいるのだろう。
……その姿に呆けてしまった俺だったが響いた爆発音でとっさに我に返る。
「ギンガっ!」
「え……兄さん?」
「今そっちに行くからじっとして……ッ!?」
言いかけていた言葉が最後まで出切る前に、ギンガのいる場所に無数に亀裂がはしった。
とうに限界を超えていたのだろう。亀裂はとどまることなく縦横無尽に走り回る。
そして亀裂が入った床は自重を支えきれなくなりあっけなく崩れ落ちた。
「きゃあっ!?」
瓦礫とともに落下していくギンガ。
だけどそれよりも速く、勘が働いたのか俺は柵を乗り越え自然と身を投げ出していた。
それでもギンガと俺では位置的に開いているためこのまま自由落下にまかせていては絶対に追いつけない。
また飛行したとしても俺の出せる速度では微妙。
なら、と。俺は何のためらいもなく残ったカートリッジを全弾叩き込んだ。
送り込まれる過剰魔力にデバイスが悲鳴を上げる。
今まで出したことも無い速度で駆け抜けあっという間に距離はゼロに。
落下してくるギンガをしっかりと抱きとめた。
<ますたー!>
バルへの返事の代わりに片手でしっかりとギンガを抱きしめ、流れるように空いた片手と視線を空に向ける。
あるのは落下してくる凶器と化した瓦礫の群れ。
「タクティカルシールド!」
言うなり掲げた手の先に瓦礫の進路をふさぐように6角形の障壁が6枚、緩やかなカーブを描く形で展開される。
瓦礫は障壁に阻まれ、俺たちを避けるように落ちていく。
……もう大丈夫だろう。
目の前の状況と腕の中の温もりに思わず安堵の息を漏らした。
――あるいは、それがまずかったのかもしれない。
気を抜いた瞬間。展開していた一枚のシールドが消えた。
魔力がもう限界に近かった上に集中力が切れたのが原因だろう。
後悔するも時すでに遅し。
俺はギンガに覆いかぶさるように強く抱きしめた。
幸い落ちてくる瓦礫はそんなに大きくは無い。かなりの衝撃こそあるだろうがBJで十分耐え切れるだろう。
とはいえ恐怖はある。
ギンガに知られたらちょっとかっこ悪いからばれませんようにと思いつつ、来る衝撃に覚悟を決める。
しかし結局覚悟していた衝撃が来ることは無く。
代わりに来たのは懐かしい声と
「シュウっ!」
遅れて届いた破砕音。
恐る恐る上を向けばさっきまでの瓦礫はどこにも無い。
ただのそれよりももっと上に見知った人影がある。
それが誰なのかは、すぐに分かった。
ギンガを抱きしめたまま身体ごと声の方に向き直る。そこには
「シュウ、大丈夫!?」
「フェイト!?」
バリアジャケットに身を包んだフェイト・T・ハラオウンの姿があった。
フェイトはこちらの無事な姿を見ると傍目から分かる程に胸を撫で下ろし、ゆっくりとこっちに降りてきた。
俺も危機が去ったことから安堵の息をついた。
「大丈夫? ……もう、はやてにシュウが突撃したーって聞いたからびっくりしたよ」
「あー、すまん。色々と事情があってな」
「……で、その、あの」
「ん?」
「その子、なんかすっごい苦しそうなんだけど……」
言われてフェイトの視線を追うとそこは
「むー! むーーー! むぅーーーーー!?」
「あ」
今にも抱きつぶされそうなギンガが必死にもがいてた、まる
ってそうじゃない!
慌てて俺はギンガを解放した。といってもここは空中。
手を離したら落下してしまうのでお姫様抱っこっぽく抱えなおしたのだが。
「はあ、はあ、はあ」
「わ、悪いギンガ」
「……ううーーー!」
腕の中でジト目で睨み付けてくるギンガ。
でもですね、ぶっちゃけ怖くないよ。むしろ可愛い。超可愛い。……絶対に嫁になどやるものか!
ちらり見ればフェイトもどこか微笑ましそうにこっちを見ている。
なんとなくほんわりした空気が流れ始めていたが、ギンガは何かはっとしたようにして俺もそれで気づいた。
和んでる場合じゃない!
俺はつかみ掛かるぐらいの勢いでフェイトの至近距離まで接近。ギンガも身を乗り出すようにフェイトの方へ。
「「スバル! スバルはっ!?」」
「えっ!?」
「す、スバル・ナカジマ。私の妹で空港ではぐれてっ」
「救助報告は来てないのか!? どうなんだ!?」
「ま、まって! 今確認するから!」
俺とギンガに押されてわたわたとフェイトが操作を始める。
言ってから気づいたが別に俺が確認することできたんだよな、この時は動転していてそこまで考えがいかなかった。
フェイトを横目に刻一刻と過ぎていく時間がじれったい。
もしまだ救助されていなかったら等と悪いイメージばかりが浮かんできて気が気じゃない。
はやく、はやく、はやく――!
そんな思いが通じたのか。俺とフェイトとの間に一枚の情報ウィンドウが新たに表示された。
そして
「……はあー……」
「スバル……よかった……」
そこには抱えたスバルを救護班に引き渡す高町の姿。
スバルも特に酷そうな外傷は見当たらない。
ほんとに、よかった……っ!
胸に後から後から湧き上がってくる嬉しさが止まらず、念話ではなく通信を使って高町とつなぐ。
そしてその感情のままに感謝の言葉を紡いだ。
「高町ぃーーー!」
「ひゃっ!? な、なに!? どうしたのシュウ君?」
「高町、愛してるーーーーーー!!!」
「ふええええ!?」
「「えええええええ!?」」
あれ? なんでそんな驚くのん?
<……テンションが戻った時のますたーが見ものです。うひひ>
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