「はあっ!」
そこに、ともすれば場違いのような気迫の入った声が耳に届く。
振るわれる腕と拳。空気を裂くような鋭い蹴り。
型をなぞるだけでなく仮想敵を想定したアクロバティックな動きは無駄が多いように見えるが、その実、それを理解した上で行っている相手を霍乱する一手でもある。
幼い少女が繰るとは思えないような動き。
長い髪が空に舞う姿はとても一枚の写真として切り出せる、動的な美しさがあった。
……と、まあそんなウソ科学を交えた評価はおいといて。
可愛い妹の成長具合を見つつ、こんなにもまったりとした時間をすごせることに俺は感無量だった。
やっと! やっとだよ!! やっとこさ休めるんだよ!!!
あっちこっちホイホイホイホイ出向させられたあげく、聖王教会では超長期間拘束!
おまけに暴力シスターによる訓練と称したフルボッコタイム!
つーか教会の拘束期間が長すぎて周りからはなんかもう既に教会所属の騎士扱いだったよ!
俺騎士ちがう! 魔導師! 魔導師だからっ!!!
カリムまでそんな不思議そうな目でみないでくれえええええ!!!
<カリム嬢は本気で不思議そうでしたよねー。いっそ騎士になっちゃえばよかったんじゃ?>
嫌だっ!
絶対に嫌だッ。
あそこの騎士どもの「カリム様とイチャイチャしやがってこの野郎」的な嫉妬の視線に俺の精神がもたない!
ついでに物理的にももたない。訓練なのにあいつら本気で斬りにくるなよ!
誤解だっつってんのに聞く耳もちやがらねえし。これだから規則でガチガチに縛られた騎士は苦手なんだ。
しかも「よくお茶を一緒に飲む=イチャイチャ」とか。お前らいったい何十年前の人間っつーの!!!
<……クス>
な、なんだよ……その微妙なイントネーション……うぐう。
――まあ、いいさ。思い出を吐露したらエクスクラメーションマークだらけになってしまったがそう、これはもう過去のこと!
俺を拘束する原因になっていた教会のじz……コホン。お偉いさんが“世代交代”したのだ。
具体的に何が起こったかはあえて言わないで置こう。言い回し的に年配の方の逆鱗に触れそうだし。
と、ともあれ。
そのおかげで言い逃れという名の無視をしてきた管理局、ぶっちゃけ中将からの「さっさと返しやがれゴラァ!」コールに応じたということだ。
もともとの期間はとっくに過ぎてるし、俺は迅速に管理局にお返しされたのであった、まる
ついでに溜まりに溜まっていた有給をほとんど根こそぎ使って現在休暇中。
うふふ。平穏ってすばらしいね。涙が出そうなほどに。
帰ってきた瞬間の中将のあの満面の笑みには冷や汗が止まらなかったが。
……だ、だめだ思い出すな俺!? ほ、頬染めて笑顔むけるな! こっちくんなああああああああ!!?
そんな、脳内再生が無限ループに入る直前。
「せあぁぁッ!!!」
ループどころか脳内再生ごとぶった切るような気迫と空気を震わせる風が身体を通り抜けていった。
意識を現実に引き戻させる、叩きつけるような声とともに振りぬかれた拳は意図してかせずか俺に向けられている。
半ば硬直したままぎこちなく視線をそちらにやればそこには年相応とは言いがたい鋭い目が俺をまっすぐに射抜いていた。
俺と少女――ギンガの視線が自ずと絡み合う。
時間にして数秒、体感では数分。俺達はそのままでいたが鋭い光を宿していたギンガの瞳に変化が現れた。
少しずつそこから鋭さが抜けていく。ゆっくりと元来の穏やかさを取り戻しつつある。
そして気づけば、穏やかを通り越してどこか憂うような感じすらさせる瞳は相変わらず俺と視線を絡めたままで。
ギンガはおずおずとしながら
「あの、どうでした? 兄さん」
そう言う様はまるで子犬のようだった。……なんだこのギャップ。
<ますたー、ごまかしちゃだめっすよ。うひひ>
う、うるさい! べ、別にビビってなんかなかったんだからっ!
……それにしても。
<才能の差を感じますね、わかります>
容赦ないですね貴様!?
<(  ̄ー ̄)b>
何が言いたいのかわからんが溢れんばかりの悪意だけはしっかりと伝わってきたよ! ご丁寧にどうも!!!
<いやぁ……>
ほめてねーーーーーーー!!!
***
夜の帳が下りる頃。
まあ正確にはとっくに下りて時計がもう0時回りそうなわけだが。
俺とたまたま帰ってきていたゲンヤさんは子供達が寝静まった頃をみはからって安酒飲み交わしていた。
「にしてももう俺と同じ階級たぁ早いもんだな」
「あー……やめてくださいよ。上がればそんだけ責任も増えるんすよー?」
やってられんわ、とコップ片手に突っ伏す。
三等陸佐というのが現在の俺の階級だが、俺からしてみればいつの間にやらといった感じなので実感がまったくない。
それに階級あがるとやれ部隊だのなんだのと……。向いてないってば。
あの髭は俺に、えーと言葉に出すのも憚られるくらいご執心なのは本ッッッと嫌になるくらいわかるんだけど、こういうことに関しては潔癖なので地位を利用して云々ということははっきりと無かった。
なのになんでこんな階級あがってるのーん? となるのだが。
……あ、あの野郎は階級を上げるのに必要な功績をつめるだろうかなりバイオレンスな任務に! ここぞとばかりに投入しまくりやがったんだよ!
特に酷かったのが教導隊に出向してたとき!
教導隊は本局の管轄だが俺はあくまでも出向扱いなので髭の方で臨時に呼び戻してって事も可能だったのだ。
そんなわけであの時期は教導隊の仕事に加えて地上の任務も、と超スケジュール。
うふふふふ……憎シミデ人ガ殺セタライイノニ……。
<あん時のますたーはなのさんもドン引きするくらい、目が虚ろでしたからねえ。っとこぼれそーですよ>
「おっと。まあでも俺の昇進はここくらいが限度っすよ」
「ほう? そうは見えないが」
「からかわないでくださいよー。……だって上級キャリア試験受けてませんもん。これ以上上がったりしたら嫌です」
<まあ受かるとも思えませんしね>
そこ、一言多い。
否定もできないが。大隊指揮官資格も一応試験だけ受けたが落ちたし。
そーいや八神がこの前受かって研修中だーつってたな。
「ま、それはいいとして。よくギンガを局に入れる気になりましたね」
「……あー、それは、な」
「ギンガの手前俺は特に何もいいませんでしたけど、個人的には反対っすよ」
「俺も反対したんだぞ? でもどーしてもっつって聞かなくてな」
こんなとこも似やがって。そうゲンヤさんは零す。
言われてみればクイントさんもこうと極めたら一直線な人だったな。
ゲンヤさんの方に視線をやってみればそこにあるのは苦い表情。
あの事件――戦闘機人事件から今に至るまでそういえばずっと個人的に捜査してるんだったな。
ギンガとスバルにしても管理局には入れたくないみたいな事もそういえば以前聞いた気がする。
俺もあの事件に関してはいろいろと調べてはみているものの……といった有様。
ま、管理局が最近キナ臭いってのは俺とゲンヤさんの共通の見解なのは確かだ。
「俺も一応気にかけてはおきますよってかゲンヤさんの部隊に入れちゃえばいいんじゃないすか?」
それなら目も届くし、ゲンヤさんは部隊持ちだから多少の融通は利くだろう。
ギンガは空戦適正はないけどウイングロードでの擬似的な空戦は可能だし。陸士部隊では重宝されるはずだ。
……それに、ギンガが戦闘機人だという情報を外部に漏れないようにするためにも。
メンテナンスもあるし管理局でも一部の人は知っているかもしれないが、そういう問題じゃないのだ。
人とは違う身体だと言うのはギンガの中でとてもコンプレックスになっている。
俺がクイントさんから聞いているという事を知らなかったらしく、初めてその事に触れた時軽くパニック状態になったのだ。
で、なんとか宥めかすかして事なきを得たのだが。そういえば俺に特に懐くようになったのもあの時からだな。
「そのつもりだがお前の方でも頼む。……ギンガはどうも、お前に、懐いてるみたいだし、な」
――待ってください。なんですかその最後の方のニュアンスは。そして何この空気。
なんでそんな苦虫を噛み潰したような顔でこっちみるの!? なんで拳ふるわせてんの!?
俺ロリコンじゃないよ、ねえ!?
<そう思ってるのは、ますたーだ・け(はあと>
ぐはっ!!?
い、いや確かに最近なんか可愛くなったなあとは思うけどそれは妹的なアレに対するアレでして!
ってなーんで目付きが鋭くなってんですかゲンヤさあああああああん!?
さっきまでのちょっとしんみりした空気はどこへやら。
酒の酔いも手伝ってゲンヤさんのテンションは急上昇。なんか既に娘に付く悪い虫を見るような目。
あ、あんた俺とギンガの年齢差知ってんだろ! 見かけこそなんでか若いままだけど、実年齢はそろそろ30代突入なんだぞ!?
<しかしますたー、一回検査してもらった方がいいんじゃね? その外見はちとおかしい>
あー、それは思ってる俺も。流石にちょい怖くなってきたからそろそろ病院行こうかと……ってそうじゃねえ! 今はそうじゃねえだろ!?
やめて下さい! 酒片手に据わった目でジリジリとにじり寄ってこないでください!
ってぎゃああああ! もう壁がッ!?
追い込まれた俺を見てゲンヤさんの目が妖しく輝き、口元がニヤァアと弧を描く。そしてその手には一升瓶。
「の・め・や」
いやあああああああ!? そんなアルコール度高いの一気飲みしたら急性アル中で逝っちゃうううううううう!!?
た、たすけてえええええええええ!!!
そんないつもなら届かないであろう救いを求める叫び。
しかし今回はどういうわけか運命の神に届いたのか。この絶対絶命のピンチを打破すべく神は女神をもたらした。
「お父さん、兄さん。こんな時間までなにやっ、て…………」
眠そうな目をこすりながら寝室から降りてきたギンガの姿が、開け放たれたドアの向こうにあった。
流石に熱暴走気味だったゲンヤさんも酔いが一気に醒めたらしく握られた一升瓶の口は俺の口元2cmあたりで停止している。
た、助かった。これでいつの間にか立った変な死亡フラグを折る事はできたみたいだ。
せっかく今まで生き抜いてこれたのに、こんなアホな事で死んでたまるか!
俺は込み上げる安堵の気持ちを抑えられぬままにギンガに顔を向ける。
「へえ……お酒ですか。とてもとても楽しそうですね、お父さん、兄さん」
そこには、はんにゃがいた。
「お父さん」
「お、おう」
「私、お酒は控えるようにいいませんでしたか? ちょっとなら良いと言いましたけど……」
言葉を途中で切り、睥睨するように部屋を見る。
空になった一升瓶一本。缶の酒が10個以上机の上や床に散乱している。
俺もゲンヤさんも相当飲んでたんだなあ、あははと現実逃避。
同じように乾いた笑いを浮かべるゲンヤさんに
「(無言で素敵な笑顔)」
「(ガクガクブルブル)」
「そして兄さん」
「は、はっ!」
「まさかとは思うんですが、毎回私との模擬戦を体調が悪いといって先延ばしにしてたのはこれの所為じゃないですよね?」
「ハハハ、マサカマサカ。ハハハハハ……」
「――明日、模擬戦しましょうね?」
「……はひ」
拒否なぞできるわけもない。その笑顔は素敵に最凶です妹よ。おにーさんさからえない。
「じゃあ私は寝ます。後片付けしてさっさと寝てくださいね。おやすみなさい」
最後まではんにゃモードの笑顔を浮かべたまま去って行く運命の神が使わした女神。
神様、素敵な女神様をありがとう。死ねば良いのに。
パタンという音とともにさっきまでの熱気が嘘のような静寂が部屋に下りる。
俺とゲンヤさんはしばらくそこに立ち尽くすと言葉無く後片付けを始めるのだった。
翌日
ギンガ「あ、今度お父さんのとこにスバルと遊びにいくんで泊めてくださいね」
スバル「わーいシュウ兄の家ー」
シュウ「はあっ!?」←今までの給金+ローン組んでミッドの中央区画のやや外れに家買った奴。
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