うっすらと瞼を開ける。
すると、少しだけくすんだ白色が俺の視界一杯に飛び込んで来た。
……そのことで少なくともここが俺の部屋の天井ではないことだけは理解できる。
目覚めたばかりの胡乱な頭で、俺は取り敢えず頭に浮かんだ言葉を口にしていた。
「……知らない天井だ」
<そんなテンプレ発言はどーでもいいのでさっさと起きやがれますたー>
……い、一度でいいから言ってみたかったんだよ!
そんなわけで只今入院中ですコンニチワ。
そして理由は言わずもがな先日のスカイダイブ。
あのあと、高町に空中に放り出されわしたものの、俺はパニクりながらもなんとかデバイス起動とBJの展開を間に合わせた。
必死だった。とにかく必死だった。ええ必死だったともよ!
恥も外聞も投げ捨てて、とにかく生にすがり付こうと必死だったさ!
だってリアルで死ぬもんあんな高度から落とされたらッ!!!
バル曰く、思わずモザイクかけたくなるような形相だったらしいが知るかそんなもん。
……つか人が必死になってる時に悠長に画像なんか録りまくってたお前に殺意を感じる。
く、くそう! コレで勝ったと思うなよブリキ野郎……!
まあそれはともかく。
ともあれ、あとはデバイスを飛行モードに変形させれば異世界初日のような惨劇は回避できる。
そう安堵の息をつきながら、落ち着きを取り戻した声で、飛行モードにちぇんじーと言って
<無理ですよ?>
あのパチもんはいけしゃあしゃあと断言しやがったのだった。
「――は?」
<いやだから無理でーす>
「ふ、ふざけんな! いいからはやくッ。ここから墜ちたらBJ着てたって死ぬわ!」
<いや、ふざけてないですよ? だって――
――カートリッジ入ってませんもん>
瞬間、凍り付いた。
なんか色々停止した。
それでも頭だけは目まぐるしく動いていて、バルの悪質な冗談の証拠を探して、あーそういえば部屋の魔力圧縮機にかけたまんまだったなーと思い出して絶望した。
「うふ。うふふふ。あはははは」
<ま、ますたー?>
「アハハハハハハハハハ!」
<ますたーが白目剥きながらヤヴァイ感じに壊れたー!? な、なのはさーん!>
『へ? どうしたの?』
<ますたーがイイ感じに精神崩壊気味で、正確に言うとカートリッジ忘れて飛行不能でこのままだと空気抵抗の摩擦熱と重力でイイ感じにコンクリにぶちまけてR指定ですー!>
『えええええー!?』
なにやら脳内で念話が飛び交ってるが、もう俺には意味の分からない単語の羅列にしか聞こえない。
そして、そうこうしてる間に頭から直滑降してる俺のBJのフィールド防御が赤熱してきた。
<あわわわわ! 空気摩擦がちょっと臨界値かもー!?>
『にゃああああー!? い、いま助けるから頑張ってー! ってほんとに墜ちてるよーーーー!?』
<ますたー! 気を確かに! 魔力が乱れまくっててこのままだと……って言ってる側からBJ解けてきたー!?>
あ、ゆーふぃーだー。ゆーふぃーがみえるー。
<それについってったらマジでダメだッ!? それはますたーの妄想! いつからギガロマニアックスになったああああ!>
なにやらメタな発言が聞こえた気がしたが、既に色々トび始めた俺にはわからない。
ただただ幻覚と風を感じながら墜ちていく。
なにやら顔の左側が妙に熱いけど、それすらも些事としてしか認識できなくなっていた。
――と、そこに。
どこかで見た事があるような光が視界の端を焼いた。
そう、それは強烈な桜色の魔力光だった。
どうにかして顔を動かして光の発生源を見遣る。
すると何故か俺がソイツをみるなり驚いた顔をして、しかし直ぐに口元に笑みを浮べて、こう言った。
『今助けてあげるから!』
…………。
脳裏に過ぎった声。
見知った顔。
栗色のサイドポニー。
桜色の魔力光。
不敵な笑み。
該当する特徴が全て合わさり、俺に一つの解を与える。
それは俺の脳の奥底に封印していた映像を、あっさりと暴いていった。
『全力全壊……じゃなかった全力全開!』
『ちょ!? や、やめ……ッ』
『スタァーライトォ……』
『た、たすけ……!』
『ブレイカーッ!』
い…………
「イヤァアアアアアアアアアア!!! 高町なのはぁぁぁぁぁああああ!!?」
覚醒した。問答無用で覚醒させられた。
さっきまでの妄想とか幻覚とかその他もろもろ、PTSDと化した幻覚のSLBに全壊させられた。
っていうか痛ええええええ! な、なんでこんな顔の左側痛いの!?
え!? BJ半分解けかかってるじゃんよ!? ふぃ、フィールド防御がなくなって……熱い熱いあついんじゃゴラァーーーー!!!
そんな感じで正気にもどったはいいもののパニック状態。
おまけに記憶が部分的にトんでるからなおのこと。ワケワカンネテラカオス。
そしてそれに追い討ちをかけるかのように、俺に並走するかのように飛んでいた高町の腕がこっちに向かって伸びてくる。
状況がまったくつかめない上にPTSDが全開で発動している俺にとってそれは恐怖以外のなにものでもない。
高町は飛行しているが、俺は墜落している。
なんで身体なんぞ動かしようもないのだがそれでも伸びてくる手から逃げようともがく。
しかし俺の儚い抵抗もむなしく、魔王陛下の手は落下していく俺の足をむんずと掴んで、急停止させた。
さて、ここで簡単な物理の時間だ。
ある物体Aが運動しているのを急に止めようとしても急にはとまれずしばらくは動く。
これを「慣性の法則」あるいは「運動の第一法則」と呼ぶ。
そしてもう一つ。
物体における力は常に相互に作用しているという「作用反作用の法則」というのがある。
まああれだよ。
俺の身体は確かに高町の手によって停止させられた。
だけど慣性の法則で俺の身体はなお落下し続けようとしている。
Q.じゃあ、落下に使われていた残りの運動エネルギーは、一体どうなるのでしょうか?
A.高町が掴んだ足を基点に、残った運動エネルギーが全て掛かります。具体的にいうと間接に。
メ キ ャ ッ !
「feo,がrgw、thあ4gva9ct9gれgれmg3えいおp3ワgヒエwラへあrが!!!」
<ア――ッ!?>
「しゅ、シュウ君!? ご、ごめんなさあああああああい!!!」
<南無>
「う、思い出したらまた痛くなってきた……」
<まあよかったじゃないですか。生きてただけ儲けもんですよ?>
「お前が言うか……!」
そんなわけで結局、俺は股関節の脱臼と顔の火傷で入院することになった。
それでも脱臼ですんだだけ儲けもんだとはおもうが……あ、あの痛みをもっかい感じるくらいなら死んだほうがいいかもしれない。
まあ治ってよかった。
まったく身動きができないとこに中将に迫られるという恐怖イベントをもうこなさなくてすむ。
入院してからというもの時間みつけては襲撃しにくるんだよ。あの髭orz
個室だから逃げ場ないしっていうかベッドにのしかかってこようとするんじゃねええええええ!!! ……うううう。
毎度毎度オーリスさんのおかげで辛うじて貞操は守られてるけど。
しばらく見ない間にずいぶんと老け込んだよなあオーリスさん。入局当時はまだもーちょい生気にあふれてたはず。
<まあ、自分の父親のあんな変態をみせられてはしょーがない。あの真性っぷりはドン引きしますよね、普通でも>
「まして血縁だったらな……。今度また愚痴につきあってあげよう」
でないといつかきっと爆発するぞストレスが。
あの変態はどーでもいいが、知り合いが殺人でニュースの一面飾るのは勘弁してほしいし。
<『衝撃! 娘が父親をメッタ刺し。父親は同姓愛者』とか変な見出しがつきそうですしねー>
「チープすぎるぞ……まあそのチープさがかえって在りそうだが」
あ、あと断っておくが別に俺は同性愛を否定はしないぞ。肯定もしないけど。
対象に自分が含まれてさえいなければ、同性愛もありだとおもうし。自分が対象に含まれてさえいなければな。
まあそんな風にバルと雑談しながらゴソゴソと身支度と退院の用意を済ませていく。
いつまでもこんなとこいたらいつか中将にヤられる。そ、それだけはいやだッ。
ほんとは仕事の都合なんだけど。
最近なんでか高町の仕事が異様に増えているらしく、人手が足りないとのこと。
……事務仕事である事を祈ろう。
持ってきた着替えとか見舞い品の残りとかを大きめの旅行かばんに突っ込む。
そしてベッドの寝台の脇においてある眼帯をとって、左目を覆うように着けて、身支度完了。
顔の火傷に関しては痕は時間かければ治るそうだが視力まではそうはいかないらしい。
見えなくも無いんだけど、担当の医者が「どーせみえなくなるんだから今のうちになれとけ」と身もふたも無いことをいってくださったので……orz
じ、事実だけどもうちょっとオブラートに包んでくれたって! うう。
そんなわけで戦闘とかなったときにガーゼとかの簡易のだと取れたりするので、ちょっと厚手の顔半分覆うくらいの革製の眼帯。
<似合わねー……。眼帯に着られるってどうよ>
「っさい! しょうがないだろお金ないんだからッ!」
そのとおりなのが凄まじく悔しいが、ほんとに似合ってない。
俺も鏡見たとき絶句したし。そもそもなんですこのごっつい眼帯。
いつの時代の海賊だよ!
一度着けたまま過ごしたことがあるのだけど、院内の女の子に「それなんのコスプレですかー?」と素で聞かれた日は一日中布団にこもった。
お、俺はコスプレイヤーじゃねえええええええええええええ!!! あのくそ院長があああああああああ!!!
<ますたーはほんと変な人に好かれますねえw フェロモンでもでてんじゃないですか?>
「そんな体質はいらんわ!? ……っていうかさ、お前もその「変な」カテゴリー内って気づいてるか?」
<…………は?>
「――ふぅ」
<な、なんですかその「やれやれだぜ」的なため息は!?>
「さーて、そろそろ行くかな」
<ちょ!? おま!? せ、説明を要求するーーーーー!!!>
無視無視。
ぽいっと旅行鞄の中にバルを突っ込んでロック。
この鞄、実は対バル用に作った念話遮断できる高性能旅行鞄なのですよウフフ。
……コレ買ったせいで普通の眼帯買えなかったんだけどさ。
病院の外に一歩でればそこは快晴。
燦々と降り注ぐ日光が少しだけまぶしい。
「はあ……平穏な生活が恋しい…………」
なんだかもう二度とかないそうにない願いをこっそりつぶやくと、俺は溜息とともに歩き出した。
「ねえねえ、あの人街中でコスプレしてるよ。マジキモーイ」
……欝だorz
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